8.他人事


 子供達が住んでいる屋敷は、驚くほど壮麗だった。
 灰色のざらざらとした石造りの壁。黒いとんがり屋根に、黒い縁取りの装飾が刻まれた窓枠。レェスをふんだんに使ったカーテン。だが、その中にいる筈の子供達の姿は驚くほど浮かび上がらない。
 様々な薔薇の花が植えられて綺麗に整えられた庭と、身長よりも高い垣根が、まるでこの家を他の人々の目から拒んでいるように見える。少なくとも私はそう思っている。
 私は、そんな、他人や社会を拒んでいる世界に受け入れられたひとりだ。ここは他人を拒んでいると言っても、誰も入れない訳ではない。入る条件はたったの二つ。
 容姿端麗。
 孤児。
 これだけだ。
私にも両親も、親戚もいない。そしてどうやら私は容姿端麗の部類に入るらしい。自分ではそこまでとは思っていないが、おそらくここに受け入れられた要因のひとつに、この髪と、目の色があるのではないかと密かに思っている。
 プラチナブロンドの髪に、鮮やかなパープルの瞳。
 ここに入る前までは、あまりにも色が鮮やかすぎたからか、よく魔女役を負う事が多かった。私も魔女は自分にぴったりと思っていたから、喜んで引き受けていたせいもあるが。
 ここに来てからは、恐ろしいくらいに生活が変わってしまった。ぼんやりとそんな事を考えながら、私はゆっくりとベッドの上に起き上がる。
 他者からの視線を拒む、白いレェスのカーテンは、朝日を受けてまっさらに輝いていた。それを見る間も無く、ドアがノックされる。
「失礼致します。本日のお洋服を持ってまいりました」
「どうぞ」
 私がそう言うと、ドアがゆっくりと開き、メイド服を着た女性が、一着の服を持ってきていた。それはまるで高等貴族が着るような、とても豪奢な服である。
「本日は、ミアさまの瞳の色に合わせまして、薄いパープル色のお洋服に致しましたが、よろしいでしょうか?」
「はあ……」
 少なくとも、身寄りの無い孤児が着る服では無い。ここに着てから幾分か日にちは経ったものの、未だに慣れずにぽかりと口を開いてしまう。
 私の間が抜けた返事をよしと思ったのか、彼女はさっとベッドの上にその洋服を並べ始めた。絹の生地を使って作られた豪奢なドレスが並べられ、私は仕方なくベッドから下りてその服に手を伸ばす。
「あの……」
「どうしました? このお洋服ではご不満ですか?」
 困ったように眉根を寄せていた私の表情を勘違いしたのか、世話係の女性はさっと表情を曇らせた。私はいえいえ、とぶんぶん顔を横に振る。
「あの、そうではなくて……。私は孤児ですし、ここにご厄介になっているのですから、こんな豪華な洋服を着る身分では無いと思うんですけど……」
 私の言葉に、彼女はとんでもない、と声音を高くした。
「何をおっしゃっているのです。ミア様は旦那様に選ばれたお方なのですよ。旦那様に選ばれる、という事はとても崇高なことなのですから、自信をお持ちになって」
「でも……これじゃ、掃除もしにくいですし……」
 私は世話係の人の手を借りながら着替えつつ、ぼんやりとそんな事を呟く。ここでは勿論、家事全般もやらなくて良い。朝になればこうして、自分専属のメイドが起こしに来て、そして食堂に行けば既にご飯は用意してある。屋敷中の隅々はピカピカに磨き上げられ、私達はその中で勉強などをして一日を過ごすのだ。
 勿論外に行くことも出来るが、ここは都会からは遥かに離れた田舎町の中だ。出かけても何も無いし、欲しいものがあれば直ぐにメイド達が調達してくれる。
 でも、なんだかそうして毎日を過ごしているのがおかしく感じている私は、自分の部屋だけは自分で掃除するようにしているのだ。
 そうでもしないと、まるで自分なのに自分で無いみたいな感覚に陥る。
「お掃除なら私が致しますよ」
 それが仕事ですから、とメイドにきっぱりと返され、私は仕方なしにはい、と頷くほか無かった。
「既に食堂に朝食の準備が出来ております」
 メイドの言葉を後ろに、私は自分の部屋を後にした。馬車が一台は通れるのではないかという広さの廊下を歩きながら、ため息をつく。
 今までの私は、贅沢に憧れながら過ごしてきていた。
 だが、こうして贅沢を与えられる今、私は本当に私なのだろうか。

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