既に陽もほぼ空の中央に達し、今の時間は商店街は沢山のここに立ち寄った旅人達で一杯だった。秋揮はそれを興味深く眺めながら、目的の草履屋さんを探していた。
「お、ここか」
こじんまりとした草履屋を発見した秋揮は、ゆっくりと店の人に近づいていく。
「いらっしゃい」
ふくよかなおばさんが、秋揮に笑顔を向けた。
「草履を探しているんだけど」
「はいはい、どんなのがいいんですか?」
秋揮は自分の左足をよく上げて、おばさんに見えるようにした。
「これと同じの、ある?」
「ああ、これならあるよ。ちょっと、あんたー!」
おばさんはすぐに頷くと、店の奥に向かって声をかけた。ちなみに今秋揮が使っている草履は、旅人が標準装備として使うものだ。……たぶん。
しばらくすると、店の奥から、おばさんの亭主と思しき中年男性が出てきた。どうやらこの家はこのおばさんが強いんだな。秋揮はどうでもよいことを考えてみる。
「この草履を出してきてくれない?」
おばさんが指差した先の秋揮の草履を見て、おじさんは、はいはい、と頷いて奥に戻った。
「あんた、商人かい?」
「いえ、ただの旅人ですよ」
秋揮がそう答えると、おばさんは豪快に笑った。見た目通りの人である。
「ただの旅人が、そんな立派な刀なんぞつけちゃいないね」
さすが商人である。目の付け所が違う。秋揮は苦笑した。
「まあ、傭兵ってとこですかね」
「そうかいそうかい。どこから来たんだい?」
「風越からですよ」
「そうかい、首都からかい、首都の様子はどうなんだい?」
秋揮は少しばかり眉をひそめた。
「どこも大して変わりないですよ。風越も、ここと同じような事件が起きてますしね」
「そうなんかい、いやー、心配だよ私も。確か男ばかり狙うって言ってんだろ?」
秋揮は頷いた。
「ええ。何故か男ばかり狙われてますねえ」
「そうなんだよね。いつウチの主人も狙われるか、分かったもんじゃないからさ。ほら、ウチの主人、見た目どおりに弱いからな」
「はあ」
そう言っている間に、奥からおじさんが手に草履をして、現れた。
「これでいいかな? ちょっと足にあわせてみてくれるかい?」
「はい」
おじさんが秋揮の足元に草履を置こうと屈もうとした時、秋揮の目におじさんの首からなにやら不思議な物体がかかっているのが映った。
「あの、おじさん」
「なんだい? やっぱり他のやつにするかい?」
秋揮は慌てて首を横に振った。
「いや、そうじゃなくて、あの、その首に掛かっている物って何ですか?」
おじさんは、秋揮の問いに、彼の首に掛かっているその不思議な物体を外して、秋揮によく見えるようにしてくれた。
木彫りの人形のようだ。何かが表面に彫られているようにも見える。
「ほら、最近事件が多いでしょう?」
隣でおばさんが眉をひそめて話し出した。
「だから、今私達の町では、その事件から身を護る為に、こういうお守りが流行してるんだよ」
「お守りですか?」
「そう、何でも、その犯人とやらは、怪しい術を使うらしいからねえ」
「!」
秋揮は思わず息を呑んだ。まあ、所詮は噂だが、随分とこの事件のことは浸透しているらしい。こんなお守りが出回るほどに。
秋揮はひとつため息をつくと、話題を元に戻した。
「あ、草履はこれでいいです」
「そうかい、じゃあ、このまま履いていくかい?」
「はい」
秋揮は代金を払うと、その場を後にした。
その他にも、色々と旅に必要なものを買い込んだ秋揮は、宿屋へと戻ってきた。
もう随分、陽も傾いている。大分長く外にいたものだ。
明日はいよいよ、祭との国境越えだ。国境は警備が行き届いていないので、十分気を遣って進まなければならない。
「今日は早く寝よう……」
ぼそりと呟いた秋揮は、腰につけっぱなしだった刀を外そうと、腰に手を伸ばした。
そのとき、扉が叩かれる音がした。
「はい」
秋揮は、仲居さんが来たのかと思って、緩めていた襟を元に戻す。
それにしても、食事の時間にはまだ早い気がするのだが……。
そう秋揮が思ったのと、扉が開かれるのは、ほぼ同じだった。
「え……」
そこに立っていたのは、予想していた仲居さんではなかった。
あの赤い着物を着た、女の人だった。