「……すいません、ちょっとお話したい事があるのですが、よろしいですか?」
「え? あ、はい。こんな所で立ち話もなんなので、よろしければ中へどうぞ」
 どんな話だと、内心首を傾げながら、秋揮は彼女を中へと招き入れた。
「すいません、気を遣ってもらって……」
「いいんですよ、元々一人旅ですから。気にしないでください」
「はあ……」
 秋揮は、彼女を部屋に置いておいてあった座布団の上に座らせると、自分もその反対側にまわって座った。
「まあ、何にもないですけど、お茶でもどうぞ」
 備え付けてあった、急須からお茶を入れ、彼女の前に置く。
 部屋の中に、静かなお茶の香りが漂った。
「えっと、それで今日は一体……?」
 恐縮しながらお茶を飲んでいた彼女は、少し、顔を俯ける。
「あの、最近起きている事件のことはご存知でしょうか?」
「はい、そりゃ旅をしていますし、自然と耳に入ってきますよ」
(おまけに俺は、この事件と関係あるしな)
「……今日、とあるお店で聞いたんですよ……」
「でも、この事件って、男の人しか狙われないじゃないですか? あなたは、女の人だし、仮にもその事件に巻き込まれることはないと思いますよ」
 秋揮がそう言った途端、彼女は、目を潤ませて、秋揮を見つめてきた。
「私も、そう思っていたのです。……だけど、今日聞いた話だと、女の人も狙われるって聞いて……」
「何ですって?」
 予想外のことに秋揮は目を瞬いた。この事件に関しては、秋揮も色々と調べているが、そのようなことを聞くのは初耳である。
「隣町では、女の人ばかり、五人も殺されているらしいのです……。私、これからその町に向かうので、少し怖くなってしまって……。他に、首都へ行くのに安全な町はないのでしょうか?」
「安全な町ですか……」
 そう言われ、秋揮は目先を天井に向けた。確か、自分が通ってきた町は、そんな女の人が狙われると言う事はなかった気がする。
 秋揮が、その町のことを説明すると、彼女は、ますます目を潤ませ、何度も頭を下げた。
「ありがとうございます。これで、私も安心して旅を続けることができます。」
「それはよかった。私も少しばかりお役に立てたようで、よかったです」
 秋揮はとりあえず、曖昧に笑みを浮かべた。
 実は秋揮は、彼の元の仕事のせいもあるのだが、どうも女の人と接するのが苦手なのだ。
 特に、このように男慣れしてそうな女の人の場合は。
 とにかく、今のこの場をなんとか終わらせて、彼女に自分のお部屋にお帰り願いたかったのだ。
 しかし。
「あなたは、越出身なのですか?」
 彼女は、今度は秋揮の身の上に関することを聞いてきた。
(ひえー!)
 秋揮は、内心かなり叫びながら、しかし実際は笑みを浮かべたまま、彼女の質問に答えた。
「はい、一応はそうです」
「そうなんですか。何だか、越という感じの人ではないので、意外に感じますわ」
「そうですかねえ。自分では何だかよくわからないのですがねえ」
 彼女が長々といるせいだろう。今度は部屋の中に、彼女の服の中に染み込ませていたらしい香の匂いが漂ってきた。
 何だかこの香りには、不思議な気分にさせる効果でもあるのだろうか。どうにも変な香りである。
 秋揮はそう考えた途端、ハッととあることに気がついた。