そうしている間にも、彼女の話は続いている。
「ええ、全然違いますよ。今まで会ったことのある越の人は、皆少し性格が荒っぽかった気がしましたもの。あなたはどこかの御曹司という感じがいたしますわ」
「そうですか。それは光栄ですね」
秋揮は再び曖昧な笑みを浮かべた。
「……失礼ですが、遷族の方ですか?」
「はい、一応そうです」
花刺子模では、人の見た目などから、五つの民族がいる。まず、花刺子模で一番多いのが遷族と言われる人達だ。秋揮もそれである。黒目、黒髪が特徴で、身長は中くらい、肌の色は黄色である。次に多いのが、楚族だ。茶髪、茶目、白い肌を特徴としている。身長は低めだ。主に、この二つが、大部分を占めている。
そして、少数民族と呼ばれている人達もいる。代族、多羅族、麻逸(まいつ)族である。代族は、白髪、碧眼が特徴だ。ちなみに、肌は白で、身長は中くらいである。多羅族は、赤髪、赤眼、肌の色は黒が特徴だ。身長は高めである。
少数民族の中でも、まだこの二つの人たちは、それなりに見かけるのだが、麻逸族は、花刺子模でも一番少ない民族であり、秋揮は見たことさえない。金髪、紫眼が特徴であり、ちなみに肌の色は黄色、身長は中くらいだ。
まあ、種族と言っても、ここでは、あまり種族の差別などはないが。
秋揮がそんなことを考えている時、耳に微かな音が届いた。
(!)
秋揮は、ほぼ反射的に、腰に下げておいたままだった刀を首まで引き上げた。
次の瞬間、その刀によって何かが切られたプツンという音がした。
「……やはり、そうか」
秋揮がその切れたものを見てみると、それは赤い糸であった。やはり自分の勘は正しかったのだ。
「あなた、本当にただの旅人?」
少し悔しそうな表情を顔に浮かべた彼女が、静かに立ち上がった。
「その言葉、そのままそっくりお返ししましょう」
秋揮も、彼女の動きに合わせて、静かに、立ち上がり、刀を完全に引き抜いた。
「……あなたは、黒呪術師ですね」
「……やはりあなたはただの旅人ではないようね。折角いい所までいったと思ったのに。残念だわ」
彼女はふっと笑うと、その赤い衣を翻した。衣がはためくと同時に、彼女は姿をその場から完全にかき消してしまった。
「……」
秋揮の背中を一筋の汗が伝った。それと同時に、部屋に灯されていた灯りがゆらりとひとつ揺らめいて、消える。
窓の外は、既に陽は落ちているが、まだ月は昇っていない。部屋を照らす光源は何一つなかった。
秋揮は目を閉じ、全身のありとあらゆる神経を張り詰めて、その場から消えたあの女の気配を探った。
だが、何も感じることはない。
やはり黒呪術師か。秋揮はその事につい先程まで気がつかなかった自分を少々悔やむ。
この世界では、昔から語り継がれてきた不思議がいくつもある。
その一つが、呪術。呪術は、「言霊」や「呪文」といった言葉を唱え、精神を集中させて、各々が持つ呪術具、つまり指輪や腕輪などに注ぎ込むことによって、その呪術具が呪文を変換し、その場に放出するのだ。
呪術には二つの流派があって、今秋揮が対峙しているのが黒呪術師である。
そしてもう一つ、白呪術師という流派もある。
秋揮の左肩に、僅かながら何かが触れた感触を感じる。秋揮は反射的に肩を引いて刀をその部分に押し付けた。
プツンと再び糸が切れると同時に、秋揮の左肩に軽い衝撃が奔る。
「!」
完璧に避けきれたと思っていた左肩に、じわりと痛みが来るのを感じた。
さすが呪術。一筋縄ではいかない。