村にとって、隊商が来ることはかなりの大きなイベントらしい。毎回、自分達が商品を並べ始めると、あっという間に人だかりが出来ているものだ。
 それを見る度に、普段はほとんど人気のない砂漠を歩いているアディソンは、まだ人はこんなにたくさんいるものだということを実感させられる。
 アディソンもその準備やら何やらに追われ、普段の百倍は人と話した気分になっていた。
「……疲れた……」
 その日の夕方、隊商達の輪から外れ、アディソンは村の奥にある森の中に入っていった。
 魔導士にとって、森のような生気溢れるところは、居心地がとてもよいのだ。
 自然と疲れも癒されていく気がする。
 しばらく歩いていると、木々が途切れ、ぽっかりと穴のあいた広場のような場所に行き着いた。
 こんなところもあるのかと、手ごろな大きさの石に座り、背負ってきた麻袋からギターを取り出すと、静かに調弦を始めた。
 今日は昨日の三日月が少し太って、その分不恰好に見える。
 木々は枝をそよめかせ、風が静かに枝の間を通り抜ける音が聞こえてくる。
 アディソンは静かにギターを奏で始めた。その音にあわせて、小さな声で歌を歌い始める。

 青い空は 静かに過ぎて
 灰色の色へと塗り変わる
 そこに戦火 赤く燃ゆる
 火の影に映る 一人の子
 彼の者 なにを見ゆるのか

 そこまで歌った時、自分の後ろの方で、小枝を踏む音が響いた。
「誰だ……?」
 アディソンが顔をその方向に向けると、そこにいたのは、アディソンが想像していたような猛獣だけでなく、もう一人、青年がいた。
 歳は二十ほどだろうか。すらりと高い長身を黒いシャツと焦げ茶のズボンに包んでいる。腰には、少し小さめの中剣が下げられていて、ズボンよりも濃い茶色のブーツを履いていた。
 肩までの長さの髪は、その闇に溶けるがのごとく、黒。かたわらには、一匹の灰色の狼とおぼしき獣をつれていた。
「あーあ。見つかっちゃた。せっかくもう少し歌を聴きたかったのにな」
 その少年は眉を少し残念そうにひそめた。少し緑がかった瞳は大変聡明そうにも見える。
「……それは、狼か……?」
「そうだよ! カザルスっていうんだ。ついでに俺は、エルヴェシウス・ライラン」
「エルヴェシウス? 随分と長い名前だな」
「父さんの趣味だよきっと。皆はエルって呼んでる」
 その言葉に、アディソンはおもわず苦笑いをしてしまった。エルと聞いて、脳裏にエルネストの容貌が浮かんだからだ。
「何? そんなに可笑しなことを言った? 僕」
「いや、俺の知り合いにもエルって呼ばれている奴がいてね、そいつと余りにも印象が違うものだったから」
「ふーん、どっちの方が印象はいい?」
 再び、アディソンの脳裏にエルネストの容姿が浮かぶ。
「まあ、お前の方が上品に見えるな」
「おお、そいつは嬉しいや」
 エルヴェシウスは、アディソンの真正面に回ると、腰をかがめてアディソンの顔を覗き込んできた。
「で?」
 どうやら今度は自分が自己紹介をする番らしい。
「俺は、アディソン・マックライトだ。アディと呼ばれている」
「ふうん……、よろしく、アディ」
 エルヴェシウスが、陽だまりのような表情で微笑んだ時、後ろのほうで何人かの男達の声が聞こえてきた。
「でよー、今日の稼ぎは最高だったなあ!」
「ああ、これからは、随分酒が飲めるぞ!」
「……?」
 アディが身振りで知り合いかと尋ねると、エルヴェシウスは、肩を大袈裟にすくめてみせた。
 どうやら知り合いではないらしい。
「お、誰か先客がいるぞ!」
 木の中から抜け出てきた一人の大柄な男が眉をひそめてこちらを見た。
 衣服はところどころが汚れ、手には大きな白い袋を持っている。
 アディソンはそれを見て、この者達がなにをしているのか、ピンときた。
「あんた達、泥棒か」
 王国が滅びてからは、村々で自警団が設置されるなど、一応の治安は確保されているようだが、やはり、治安は悪化し、あちこちの村々で裏稼業のような闇の世界が生まれている。
「ほう、偏見か? どうしてそうだと決め付ける」
「俺はこう見えても百十年も生きてるんでね、大体は見れば分かるさ。第一、こんな夜中に集団で森に来るなんざ、まともな職業の者達がすることではないだろう」
「おい、聞いたか今の。百十年だってよ。こいつ。頭おかしいんじゃねえか? どう見ても、二十歳そこらの容貌じゃねえか」
 大柄な男の横に出てきた男が、せせら笑いながら、アディソンの顎をつかもうとした。体からは、酒の匂いが漂っている。
 アディソンが眉をひそめると同時に、何かに弾かれたかのように、その男は後方へと吹っ飛んだ。
「おい、何しやがる!」
「それはこっちの台詞だ。汚い手で、俺に触るな」
「何を!」
 大柄な男が逆上して手を振り上げた。それと同時に、周りの男達も、各々武器を手に、掴みかかろうとしてくる。
 アディソンは小さくため息をつくと、両手で印を結んだ。ちなみに、大掛かりな魔法を使うときは、大抵印と呼ばれる特殊な手の動きと共に魔法言語を発する必要があるのだ。
「κοοριψο,ιδεψο」
 アディソンが魔法言語を呟いた瞬間に、相手の男達の手首が、薄い氷に包まれた。
「おい、お前、何しやがった!」
「見たまんまだけど。まあ、早く帰ってちゃんと溶かしたほうがいいだろうな。凍傷になるから」
「ちくしょう!」
 捨てゼリフを吐きながら去っていく男達を眺めながら、アディソンは再びため息をついた。
 折角この生気溢れる場所を満喫しようと思っていたところなのに、これでは気分が台無しである。
「アディって、もしかして魔導士なのか?」
 隣にいたエルヴェシウスがあんぐりと大口をあけてこちらを見ていた。カザルスは、男達が来た時には、その男達に向かって唸っていたが、今は、大人しくエルヴェシウスの横に座っている。
「ああ。見りゃわかるだろ」
 アディソンはゆっくりと座りなおすと、地面に置いていたギターを構えなおした。
 再び、曲にならない音が流れ出す。
「すごい。僕、生まれて初めて見たよ、魔導士! すごいよ! ねえ、じゃあ、さっき百十も生きてるっていったのは?」
「ああ? ちっ、覚えてやがったのか……。魔導士ってのはな、修行した分だけ魔導力っていう特殊な力が身に付くんだが、俺ぐらいになると、体の成長とか、老化とかを止めちまうわけよ」
「じゃあ、本当はおじいちゃん? 不死身ってこと?」
「まあ、おじいちゃんてのは当たってるかもな。だが、不死身じゃねえ。老けないだけだ。病気にもかかるし、心臓刺されれば死ぬ」
「へえー。ねえ、僕にも教えてよ!」
「なんだ、お前も、老化したくないのか?」
「いや、そういう訳じゃないけどさ、何かカッコいいじゃん、呪文唱えて敵を倒すって」
「じゃあ、十年ばかり山篭りしてこい。精神力がついたら教えてやる」
「うへー。十年もー?」
 エルヴェシウスは真剣に困った顔をしていた。どうやら、本気で習おうかと思っていたようだ。
 ここまで素直なタイプの人間も久しぶりだ。アディソンは少しばかり自分がこの少年を面白がっていることに気付いた。
「まあ、普通に魔法言語と印を覚えれば出来るけどな、多分お前がやったら、熱出して一週間は寝込むぞ」
「うへー、やっぱり大変なんだなー」
「そうだ。やめとけ」
 エルヴェシウスは、アディソンの隣に座ると、空を見上げていた。
「……お前は、そのカザルスって狼と一緒に暮らしているのか?」
「まあそうだよ。俺が小さい頃に、父さんが親がいないコイツを拾ってきて、それからはずっと一緒に過ごしてる」
「へえ」
「そうだ、アディって今日来た隊商の一員でしょ?」
「ああ、一応な」
「じゃあ、明日、面白いもの見せてくれたお礼に、俺の職場を紹介してあげる」
「ほう。それは面白そうだな。ぜひ行かせてもらおう」

 再び風が吹き、アディソンのギターの音がかき消された。

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