三
翌日、朝は隊商の仕事をし、昼になって時間が空いた頃、アディソンは昨日エルヴェシウスに言われた、村の真ん中の公園のようなところで待っていた。
それにしてもこの村は活気が溢れている。この公園では、子供達が賑やかに遊んでいるのが見える。
裏稼業もはびこっているようだが、それ以上に表の世界は賑やかである。
「お待たせー」
しばらくぼんやりとそんな喧騒を眺めていると、エルヴェシウスが息を切らせながら走ってきた。
「じゃあ、紹介するよ」
そう言うと、エルヴェシウスはアディソンの横に並んで、歩き出した。
やけに張り切っているようだ。
「今日はカザルスはどうした?」
「ああ、昼間は家で大人しくしてるよ。いくら小さい頃から一緒にいると言っても、皆はいい顔はしないだろうからね」
「それもそうだな」
二人は、沢山の家々が立ち並ぶ通りを過ぎて、少し細めの路地に入った。そこをしばらく歩いていくと、不意にエルヴェシウスが一軒の家の前で止まった。
「ここが、俺の家兼職場」
少し古めの木で建てられた家のようだ。一応壁や屋根に塗料は塗られているようだが、あちこちで剥がれている。
「お前、貧乏なのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどね。これは塗りなおすのが面倒くさくて」
そう言いながら、エルヴェシウスは扉を開けてアディソンを中へと招き入れた。途端に、カザルスが尻尾を振りながら歓迎してくれる。
その首筋を少々荒々しく撫でながら、アディソンは部屋の中を見回した。
「ここは仕事場なのか?」
「そう。生活スペースは、奥の部屋」
確かにそのこじんまりとした部屋に、生活感はまったくない。右側の窓の真下にちょうど小さな机があって、沢山の工具などが置いてある。
そして、ちょうどその反対側には、かまどのようなものが置いてあった。中も当然だが、そのかまどの周り以外は全て木で出来ている。少し埃っぽいが、まあ、こいつは男だから、男にしては綺麗にしてあると思う。
「……何を作ってるんだ?」
この部屋を見回しても、何を作っているのかは見当もつきそうにない。
「ああ、これだよ」
エルヴェシウスは、窓の下の机の上に置いてあった物を取り上げて、こちら側にかざしてきた。
「……装飾品か」
「そう。俺は、もらってきたり、このかまどで小さめの型から小さな鎖などを作って、組み立てた物に彫り込みを入れるんだ。ま、普通の人用ってとこかな」
「へえ。宝石は、使わないのか?」
このライディアでは、人口は少ないが、貧富の格差はある。宝石は、大抵豊かな懐の人が着けている。まあ、富のある人はほんの一握りだが、上手くいけば高値で売れるだろう。
「ああ。確かに綺麗だし、見栄えもいいけど、俺とは住む世界が違うって感じだね」
「……そうか。そういえば、家族はお前とカザルスだけなのか?」
奥の部屋からまったく人がいそうな気配を感じなかったので、アディソンは不思議に感じた。
「うん。母さんは物心ついた時からいないし、父さんは、つい一年前まで一緒に仕事をしていたんだけど、急に死んでしまってね」
「そうか。……病死か……?」
「うん。多分そうだと思う」
(多分……?)
「そうだ! アディソンは装飾品とか着けないの? ほら、魔導士って、なんかジャラジャラつけてそうな印象があるんだけど」
「あ? ああ……、俺は旅の身だから、たいしたお金などないし、お金があっても、それは俺達隊商のものだからな」
「へえー」
「第一、魔導士が、宝石とかの装飾品をジャラジャラ着けるのは未熟者ってことだ」
「えー、何でー?」
エルヴェシウスは少し不満そうに唇を尖らせた。どうやら、未熟者と言ったところが気に食わないようだ。
「あの宝石は、ただ権力を誇示する為に着けているんじゃない。まあ、誇示しようと思って着ける魔導士もいるだろうが。魔導士ってのは、精神力や、自然の生気に大きく左右されやすいんだ。だから、精神力などを常に平静に保つ為に着けている場合が多い」
「へー、宝石とか興味あって、結構見にいったことあるんだけど、全然知らなかったな。宝石にそんな効果があるとは」
「まあ、宝石といっても、元は石ころだ。その宝石があった土や岩には沢山の生気が含まれている。それで、そんな効果が出るのだろう」
「へー、じゃあ、アディソンも昔は着けてたの?」
アディソンは頷いた。
「ああ。ネックレスだと戦闘で切れちまうこともあるからな。俺はピアスを着けてた」
「今は?」
「今は、そんな必要ないな」
ピアスと言った途端、脳裏に焼きついた映像が再び甦ってきた。
幾つもの尊敬と崇拝と畏怖の眼差し。
(自分で少しぐらい制御できるようになれ)
師の、苦々しい顔。
そして、赤い、炎。
(どうして! どうして!)
(仕方がない。お前を――)
(こんな王国など――!)
「アディ?」
気が付くと、エルヴェシウスの心配そうな顔が目の前にあった。どうやら今、自分はそんなに危うい表情をしているらしい。
「いや、何でもない」
「そうなの? 何か今、凄く寂しそうな顔、してた」
「ちょっと昔のことを思い出してね」
「そっか。もう何年も生きてるんだもんね。じゃあ、天変地異のこととか?」
その言葉にアディソンの胸に何かが突き刺さるのが分かった。だが、何とか平静を繕う。
「うーん、よくは覚えてないな」
「そうなの? 残念だ」
途端にエルヴェシウスの表情が残念そうになった。その表情に、先程のことも急に薄れ、アディソンは思わず吹き出しそうになってしまった。
エルヴェシウスは、本当にクルクルと表情が変わる。カザルスは、狼だが、そんなに表情変わることなく、大人しくエルヴェシウスの足元で丸まっている。
これでは、どっちがイヌ科だかわかったもんではない。
先程の、胸に突き刺さるような感じも、スッととれてしまうような、そんな素直さをエルヴェシウスは持っている。
「じゃあ、俺もお前に何か注文しようかな?」
あまりにも、長いこと残念そうな表情をしているので、アディソンが少し慌てて言うと、途端にエルヴェシウスの顔がパッと輝いた。
「本当に? 本当に、いいの?」
「ああ。実は、明後日ここを発って、二ヵ月後にここに来る予定なんだ。じゃあ、ピアスと、そうだな、やはりネックレスかな」
普通は隊商は主に十日間ほど滞在する。だが、今回は、遠くのエトルリアという村になるべく早めの届け物があるとか何とかで、早めに出発し、しかもそれが返事を要するものらしいので、再びここにとんぼ返りをする羽目になったのだ。ちなみに、普段は、一度来た村には一年以上、顔を出すことはない。
「え? でもネックレスは切れちゃうからって」
「まあ、戦闘の時には、外してしまうか、服の中に入れれば大丈夫だろう」
「そっか。じゃあ、僕、張り切って作るよ。宝石は入れる? 図案はどんなのがいい?」
エルヴェシウスは早くも紙を持ち出してきて、やる気満々だった。
「まあ、魔導士のイメージで、お前が考えてくれよ。あ、宝石はいい。俺は残念ながら、そこまで金持ちじゃあねえからな」
「本当に? じゃあ、僕、張り切って作るよ! 二ヵ月後までには完成させるね!」
エルヴェシウスが、眩しい笑顔を見せた。
それを見ていると、何だかこの荒廃した世界に、これから光がさすような気がした。
俺まで何だか嬉しくなるような。
そして、結局、父親が死んだ理由を聞いた時に感じた違和感は、うやむやになってしまった。
その時に、俺は気付いてやればよかったんだ。
彼の紙を持つ手が、小刻みに震えていたことに。
俺はそれを嬉しかった余韻かと思っていた。それ以上の理由を考えなかった。
彼の素直さの裏にある表情に、気付くことができなかったんだ。